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研究的マインド

7時に起床し、ぼんやりしたり着替えをしたりして家を出る。
電車の中では音楽を聴き、本を読む。
会社ではメールを確認し、指示し、自身も作業をし、考えて、伝えて、まとめて、壊して、連絡して、報告して、17時半〜24時の間くらいに退社する。
帰路は、作ったものが問題ないかぼんやり考えながら、音楽を聴き、本を読む。たまにニコニコ動画を見る。
妻に帰宅時間の連絡をする。余裕があれば会社から一駅歩く。
家に着けば、ご飯を食べ、テレビを見て、本の背表紙を眺めて、スプラトゥーンをして、妻と話をして、24時から26時の間くらいに寝る。

文庫手帳2016を買った。年賀状のこととか、お歳暮のこととか、来年のこととかを考える。
1年後、何をしているのか今一つ見当がつかない。

辻井さんの弾くドビュッシーを借りて聴く。弾き手によって、同じ曲でも表情が異なる。
楽譜と演奏家の関係は、台本と役者の関係、風土と風景の関係、型と形の関係、静と動の関係に通じる。

Kalafinaの新アルバムが出ていたので、これも借りて聴く。
かわいい川口春奈が見たくて『好きっていいなよ』を借りて観る。
今度は美しい有村架純が見たいので『ストロボエッジ』を借りようかと思う。
グロテスクな二階堂ふみもなかなか。
白髪で奇妙な新垣結は楽しみ。
円熟の鈴木京香はどこへいった。

読んでいる本の中で、谷川徹三氏が出てきたので、どんな人だっけと思って調べる。思いのほかイケメンだった。

研究的マインドから遠ざかって、ずいぶん経つ。

教養の流行

今を生き抜くための教養とか、役に立つ教養とか、上に立つ人のための教養とか、人に好かれるための教養とか…
実利的側面を押し出した教養論がここ数年、ずいぶんとスポットを浴びている。

大正時代、第一高等学校に新渡戸稲造が校長として就任し、大正教養主義は花開いた。
第二次世界大戦前後は、河合栄治郎をはじめとした昭和教養主義がブームとなった。西田哲学が学生たちに特に読まれたのはこのころで、太田伍長さんや弘津正二さんをはじめとしたヒーローも生まれた。
80年代は浅田彰や中沢新一を中心としたニューアカデミズムが、半ばファッションとして流行した。
どうやら変革期に教養は流行る。
そしてどうやら、教養=読書(哲学、文学などの人文学)らしい。

元々、修養の考え方から派生して生まれたとされる教養は、その目的を、個人主義や自由主義と結びついた「人格の完成」とするきらいがあった。己自身を鍛える修行のようなもので、それによる社会的な利益の享受は全く度外視されていた(と思う。)

いま、書店に売られている教養を押し出した多くの本は、どことなく不純な感じがする。
僕が本を読むのは、偉くなるためだとか、人と円滑に付き合えるようになるためだとか、お金を得るためだとか、10年後の出世のためだとか、自分を物知りに見せたいだとか、そういうことではない。ただ自分の愉しみのためである。

100年前の本を読むことに対して「たとえ今は分からなくても、今後良いことがある」とも思っていない。
もう少し具体的にいうと、大好きだった祖父がよく話してくれた、昭和教養主義まっただ中、東京教育大学時代の苦しくも楽しい読書経験を、私も味わってみたいのである。

結婚

少し前、結婚しました。
新しい戸籍をつくるので、入籍ではなく作籍や造籍と言った方が適切かもしれない。
これで晴れてみーな氏と家族になったわけですが、元々一緒に住んでいたので生活に特段変化はありません。

無理のない生活ができればよいなあと、思っています。
世の中には、夫・妻という「役割」の固定観念が根強く残っているようだが、気にしてはいけない。
そんなものは、ある時期に制作された幻想でしかない。
本当は、夫婦の数だけ生活のスタイルがある。
「お互いに相手のことを自分以上に大切だと考えられる」というたった一つのことが、
「それぞれの夫婦生活」という多を生むはずである。
一は多に通じている。

さて、キッチンのスペースを本棚に回収してしまっても良いかもしれないと思ったりもする。

綺麗な庭園で記念写真を撮りたいなあ…。

さんぶんのいち

大学に進学した時には1部屋のアパートに住んでいたけれど、それがいつのまにか一応マンションに代わり、3部屋になった。ダイニングテーブルや大きめのベッドや、無印良品のダメになっちゃうソファ?も買って案の定ダメになっている。本は少しずつ増えていて、1500冊くらいになり、どの部屋も本があふれてきた。近々、ソファと中抜け立方体が6つくらいくっついた棚を買おうか…と思案している。
10年前、このような生活は想像がつかなかった。時間の断面の各実感の積分が、今の実感に繋がっている。28歳になった。3倍すると84歳で、祖父が亡くなった歳になる。3分の1か…とちょっと虚空を見上げてみても、なんだかよく分からない。なるべく健康に、残り3分の2を生きられるようにしようと思う。おなかの出てくるお年頃ですケド…。

10時に寝て4時に起きて、スプラトゥーンをして(明け方のレベルの高さといったら…10連敗位した)、音楽を聴く。学生のころと変わらない少し懐かしい一日である。妻(予定)は所要で実家に行っている。さてさて、朝の散歩をして、松屋でご飯かな…。

捨てる本、買う本

購入してから10年ほどたって、表紙をめくる本もある。

10年前、これは決定的に重要なものだという予感に支えられて買った本でも、内容についてゆけるだけの知識や経験がなくお蔵入りしていて、それが10年たってふとした時に本棚から見つけて、それなりに読めるようになっている、ということもある。予感と実力にはズレがある。
本棚を見ていて、和辻について調べたいケド何か蔵書はあったかしら・・・といったときに、実際に手の届く範囲に本があるということは、何よりもうれしい。他にも、あ、こんな本も以前に買ったなあ、という思い出に誘われ手に取る。そういった時の読書が、実りある読書になることも多い。

ビジネス書の類で、買ってから一定期間(1か月とか1年とか)開いていない本は処分せよ、という意味の文言をよく見かけるが、これは単に、情報を摂取するためだけの読書に偏重した結果の価値観であり、本来の読書の意味からすると、貧困な考え方であるように思ってしまう。読書は、テクストを作品として捉え、自分なりに価値づける行為ではないだろうか。読めるようになってからまた買えばよいではないか、と思うかもしれないが、その本が常に目に付くところに在るということが、何より必要な気がしている。背表紙が見えなければ、そんな本があったことにすら気が付けないのだ。

それだから、読む読まないにかかわらず、当時の自分が何かのきっかけで手元に置きたいと思った本は、一生手元に置く価値があるのだと思う。例え30年後に読むとしても、生涯読まないにしても、所有しておくことに意味がある。寝かせる、ということとも違う、契のようなもの。本に見られているという意識、緊張感を持たねばならぬ。

そこで、本の処分の仕方に頭を悩ますくらいなら、本の買い方にもっと意識を払うべきであろう。自分にとって本当に良い本を見抜くものさしを身に着けなければ。

ちなみに、岩波文庫がなぜ100年、200年も前の、学説としては古くなり、現代の諸相を分析するときには使えないような本たちを、現役としてラインナップしているのだろう。それは、本を「情報の入れ物」ではなく、「作品」としてとらえているからに違いない。「情報の入れ物」として見られた本は、古くなると存在する意味を失う。一方、「作品」として見られた本は、時代によらず、読み手の数だけ意味が生成される。
「情報の入れ物」「作品」は、テクスト自体に内包している性質というよりは、読み手、選び手の心構えの問題としてとらえた方がよいだろう。

私は、本をどれも「作品」としてとらえてしまう。だから決して処分できない。私は「作品」に捉えられている。
10年前、その本が決定的に人生にとって重要だと感じた自分の切実な思いを、いつまでも信じて過ごすということである。