風景学とGIS

風景学のことを考えています。

いつからかGISばかり触るようになり、風景を考えることから離れました。
私にとって、GISは道具でありそれ以上でもそれ以下でもありません。

 人間はどのように風景経験を獲得し、風景を生成していくのか、
 沈黙の次元にある風景経験を、第三者がどのように観測するのか

GISで上述の疑問の一部でもアクセスできればと、こっそりと思っています。
でも、GISは単純化された点・線・面のデータを扱う道具であり、
風景という実在的現象的対象には、おそらくしっくりと馴染みません。
風景が、俗にいうXYの位置情報を持つようなものかも、分かりません。

ふわふわとした風景を、かっちりとしたXYデータに変換することで、風景固有の情報が失われてしまうのではないかと思います。

スポンサーサイト

コメント