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デジタル下の情報収集は疲れる

数年前からアマゾンプライムを契約していて、見たい時に見たい番組が見られるのは良いことだと思っていた。しかし、自分が見たいものが分からないことが実に多くて、何を見ようか迷いに迷うこともある。その点、テレビはつけておけば番組や情報が強制的に流される。これもいいものだな、と思うようになった。


ネットでも検索して情報収集する。自分で何を検索すれば良いか分からないことがあり、その点本屋や本は、ざっと眺めていれば情報が視界に入ってくるので、楽でいいな、とおもったこともある。


電子化された情報はこちらから主体的にアクセスしないと取り出せないその対策してのレコメンド機能なのだろうが、おまえに何が分かる、とシャクに触るので見ない。アナログ的な情報収集のほうが、わたしにはあっているようである。

居心地と空間と家具

yチェアに座っていると、なんともいえない満足感に包まれる。10万円もしたけれど、本当に買ってよかった。一生使い続けたい。


とはいえ、家具や居場所に興味のない人も沢山いる。空間の質といったものに全く興味のない人が、ストレスなく、違和感なく過ごすことのできる空間を作ることが、建築家やプランナーの腕の見せ所だろう。例えば、自然な家事導線や、圧迫感のありすぎない家具、適度に配置された椅子などによる自然な居場所などは、割合万人受けする空間だと思う。あって当然と思われそうなものについても、果たして本当に必要だろうか?テレビ、ソファ、ローテーブル、カラーボックス。。リビングダイニングであれば、部屋に大きすぎるくらいのテーブルを置いて、あとは壁の隅にパイプ椅子を置く。テレビは置かない、ソファも置かない。服屋小物は厳選して押し入れの中へ。あとはお好みで本棚やチェストを少し。これくらいでかなりスッキリする。寝室でも、背の高いベッドは果たして必要か?無印の高さ20センチのシンプルな木製ベッドフレームに布団を敷くくらいで、十分ではないだろうか。日中はふとんを畳んでだけておけば、ベッドの上も居場所になる。


玄関も、そんなに靴は必要だらうか。全く履いていない方があれば手放しても良いだろう。郵便物がたまってないか?一手間かけて押し入れに放り込んでおいたらスッキリする。


家具は必要最小限、自分たちの生活パタンのウェイトを考えて、お気に入りの、大きめの家具を少なく思い切って配置すればメリハリの効いた空間になる。服や小物は普段見えない場所にしまっておく。これだけで、空間の質に興味のない人でも、ストレスなく、違和感のない部屋が出来上がるかもしれない。


アレグザンダー氏のパタンランゲージ

クリストファー・アレグザンダーの本を追っている。「パタン・ランゲージ」という本は有名ですが、真面目に読んだことがなかったので、アマゾンで思い切って買った。1万円もした。他にも、都市はツリーでない、なども買った。


アレグザンダーは数学者でもあるので、人が心地よく暮らすための都市や住宅の253のパターンを、まるでこれ以上細かく分割できない、独立した公理のように記述する姿勢が潔い。この本の出版は1977年なので、ちょうど画一的で大規模的や都市開発への警鐘とも読めるし、住民参加への志向も見て取れる、パタンやランゲージという言葉から言語学やコンピュータとの関係も想像できる。梅棹さんもカード式の方法も考案されていた。パタン、型、原型といった発想は、1970年から80年代には様々な分野で提唱されたようにも思う。それが今日のコンピュータ言語やWEBにもつながっていき、反対にパタンに汲み取れない、人間的で曖昧な何か、への発想にもつながる。徹底した個別解志向というか。


心地よさの最小単位であるパタンを、いかにして総合し、暮らしに仕立て上げていくかがプランナな建築家の腕の見せ所である。


また、いまある何気ない都市や暮らしの中に、アレグザンダーが提示したパタンがどれくらい潜んでいるか、を見つけ出す方向性もあるだろう。日本において、イチから都市を作ることなどほとんどできないので、パタンを地域発見のツールとして、まるで色々な型枠を都市の中に当てはめてゆくように、身の回りの良いところを見出していく使い方はどうだろうか。パタン化されていないパタンについて考えても面白いかもしれない。


もしそのどれかのパタンの発見を、基盤地図情報や国土数値情報といった、オフィシャルなGISデータから、GISツールを使って見出す手法があれば、何かの役に立つかもしれない。いや、これまで色々開発されてきたGISの分析手法を、地域発見のツールという観点から、まとめ直しても有意義なのではないか。


とはいえ、今の私たちには、アレグザンダーのこの253のパタンを正解として簡単に受け取るのではなく、パタンの意図や、パタンを見出すためのパタンはなんだったのか、など時代状況やアレグザンダー氏の気持ちに想いを馳せる必要があると思う。



車の運転と・・・

車を運転していて、教習所で習ったことを全然守っていないドライバーがいることに、げんなりしている。

・歩道をまたぐ時でも、全然一旦停止しない

・信号のない交差点でも、停止線で一旦停止しない

・30km/hの速度制限の道を、50km/hや60km/hで爆走

・一回右に膨らんでから左折

・ウィンカーを出さない

・車間近すぎ

・エンジンブレーキで止まろうとしてブレーキランプを点灯させない

・横断歩道のある交差点を右折時に、横断歩道手前で歩行者待ち

・信号のない横断歩道で、歩行者を渡らせない

・黄色信号でアクセルをふかして加速

・対向車線で自転車を抜かそうとして、センターラインをはみ出してくる

・店舗を出る際、歩道をまたいで合流待ち


など挙げるとキリがないが、なぜこれで運転できているのか不思議でしょうがない。おそらく自分は何も悪くない、事故にあったら相手が悪い、と考える事故中心的なドライバーなのだろう。友人から教えてもらったが、とにかく他のドライバーはみな狂人と考えて、ひたすら注意して運転するしかない。譲るといった行為は、優しさではなく、自分の保身と交通全体の円滑化のために行う。



とはいうものの、運転は楽しい。
スイフトRS(ZC83S)は、1200ccながらとてもよく走り、曲がり、止まる。エンジン音が非力で軽いのでそこは不満だが、走行性能の高さは、自分には勿体無いほど。ドライビングテクニックは全然ないので、宝の持ち腐れ。

色々な道をど燻して、風景を見て、家族で車生活を楽しみたいと思う。



クルマの契約

色々悩んで、新車でクルマを購入することにしました。車種はスズキのスイフトで、納車待ちです。結局、現金一括です。横浜銀行のカーローンには事前審査をお願いして金利1%代で借りれそうでしたが、ローンを使わないと買えないようなクルマは分不相応かなと思って、一括購入できる車種に絞りました。これが乗り出し価格*MAX200万まで。初めて車を持つ自分たちにとって、新車は安心と勉強代。ここでクルマについてしっかり勉強しておきたい。

*乗り出し価格:車両本体+オプション+諸費用(税金とか)の合計で、クルマを取得するにあたってのトータルの金額

スイフトにしたのは、装備、乗り心地、運転しやすさ、価格のバランスが、検討車種のなかで一番高かったためです。何より、極めて運転しやすかったことが一番でした。子どもたちの命を運ぶわけなので、運転手の私が運転しやすいことが一番の安全運転につながると思い、評価のウェイトを高めました。それに、運転していて楽しく、もっと走りたい、と強く思いました。これは生まれてはじめての感覚です。運転手の私がそう思えることは、家族で移動するにあたって、結構重要なんじゃないかと。私が義務感だけで運転するとしたら、出不精の自分たちはクルマを活用できなくなる可能性が高いためです。クルマか・・・まあ、今日は乗らなくていいかな、近所で済まそう・・・そして置物へ・・・という未来が見える。どうせなら、家族でたくさん楽しく走りたい。ボディカラーはきれいなブルーで、ハンドルは本革。そして、運転が楽しい。長く愛着が持てそうです。

ちなみに、後部座席はジュニアシート+チャイルドシートでいっぱいになりますが、幼少時狭めのセダンに乗っていた自分の感覚では、スイフトは背も150センチあり全然狭くないです。ロードノイズや揺れも、全然気になりませんでした。むしろ硬めのサスでキビキビしていて酔いづらそう。後ろの荷物スペースは潤沢にあるわけではないけど、数日の旅行であれば全然大丈夫な容量。

維持費の面では、10年間乗り続けるとして、車両価格を含めたクルマにかかる総額はざっと500万弱です(高速代は除いて)。月に均すと4万円です。計算に含めた項目はざっとこんな感じ。

・自動車税
・重量税
・自賠責保険
・車検
・ガソリン
・任意保険
・駐車場
・その他メンテ費用(オイルなど)
・車両代(オプション含む)


これで子供との移動の自由が手に入るとすると、まあ安いと思っていいのかな。クルマを持たなければ持たないで、電車、バス、タクシーなどの移動手段を取るわけで、これにもコストが掛かる。なので車を持つことが、シミュレーション的に独立して負担増になるわけではない。また、クルマがあることで行動範囲も劇的に広がる。これは、車を持つ最大のメリットのように思う。家族で、キャンプや海、大きな公園、水族館、など色々行きたい。自分の場合、子供の時の遠出の記憶は大人になってからも幸せな記憶として残っています。

これで、家(これはほぼローン)もクルマも購入して、色々と維持費がかかるようになってしまいました。これからも、出来る限り背伸びはしつつ収入に対して不相応は買い物はしないように心がけて、頑張って働くことにします。