- 長門激ラブ (2010.02.08)
勉強が勉強と思えず、勉強じゃないものが勉強と思えてしまう今日この頃ですが、皆さんは勉強していますか?世の中に無駄な事物はないと思うので、何でも自分がそこから何か感じてやろう、学んでやろうと思えば、それが勉強になるのだと思います。別に英語や数学が勉強ではない、ただ高校生のうちは、大学に行こうとするならば試験で英語数学物理国語などが問われるので、入学手段、生活獲得の手段、学問へのステップ、絶対必要な基礎知識として勉強するのであって、それはどちらかといえば訓練に近い。いや、畢竟人の心の持ち方で学科は勉強じゃなくなるし、勉強にもなる。入試には学科が絶対に必要なのだから、楽しくやれることに越したことはないですね。と、今でこそ言えるものの、自分の高校生浪人生のころに勉強させてもらっていたことを思い返すと、どうやら訓練の要素が強かった。解読して整理して応用してアウトプットする、その繰り返し、ただ数学の整数の問題やら、英語の主語と述語の歴史やらを、本でかじってみると存外面白かった。教科書にも楽しいものは転がっているんですな、見えないだけで。
死のうと思ったことは何度かあって、特に小学生高学年の2年間がとてもひどかった。誰かと話をしていないと壊れてしまいそうで、でも人といるとその人をどうにかしてしまいそうで、あぁどうすれば良いの?という。よく耐えたものです。当時は毎日が憂鬱すぎて何がなんだかわからず、今ではあまり記憶がない。当時の感受性はもう戻ってこないのかな…
えっちゃんは、どういう気持ちだったのだろうか。彼女は二十歳で電車に飛び込んでなくなったけれど、毎日何を思っていたのだろうか。晩年の川端さんは、芥川さんは、太宰さんは、みなどういう気持ちだったのだろう。死に行く人々の気持ちが、自分には何もわからない。他者とはつながってはいられない、自分の中に仮の自分を作り、他人の姿見を作り、それを愛でてゆくしか我々にはできない。独立した人格同士は、一生独立したままであるのかね。まぁそんなこと、どうでも良いことです。当に諦めているのだから。でも、誰か一人でも、私のことを形にしてくれている人がいて、「君はこういう人だよね」と言ってもらえると、なんて楽になるのだろうと思う。それが家族の人たちなのだろうと思う。自殺の止め方の最良の文句は「君が死ぬと私が困る」が、現代思想の常識。自分自身との微弱な関係性でしか、他者を繋ぎ止められない。だけれども、文章に表れるその個性を、今後見れなくなるのは少しだけ辛いかな。
今日は午前起床、夕方から池袋へ行き、レイトショーに行ってきた。当然、長門に会いに行ったのである。先ほど帰宅。もうお金が…ない…だ…と?いやでも長門長門長門はかわいくて、どうしようもなくどうしようもなくあぁもうおかしくなってしまう。お金が続く限り毎日観に行きたい…
明日は大学に、修士論文の発表会を聴きに行く。楽しみ。
死のうと思ったことは何度かあって、特に小学生高学年の2年間がとてもひどかった。誰かと話をしていないと壊れてしまいそうで、でも人といるとその人をどうにかしてしまいそうで、あぁどうすれば良いの?という。よく耐えたものです。当時は毎日が憂鬱すぎて何がなんだかわからず、今ではあまり記憶がない。当時の感受性はもう戻ってこないのかな…
えっちゃんは、どういう気持ちだったのだろうか。彼女は二十歳で電車に飛び込んでなくなったけれど、毎日何を思っていたのだろうか。晩年の川端さんは、芥川さんは、太宰さんは、みなどういう気持ちだったのだろう。死に行く人々の気持ちが、自分には何もわからない。他者とはつながってはいられない、自分の中に仮の自分を作り、他人の姿見を作り、それを愛でてゆくしか我々にはできない。独立した人格同士は、一生独立したままであるのかね。まぁそんなこと、どうでも良いことです。当に諦めているのだから。でも、誰か一人でも、私のことを形にしてくれている人がいて、「君はこういう人だよね」と言ってもらえると、なんて楽になるのだろうと思う。それが家族の人たちなのだろうと思う。自殺の止め方の最良の文句は「君が死ぬと私が困る」が、現代思想の常識。自分自身との微弱な関係性でしか、他者を繋ぎ止められない。だけれども、文章に表れるその個性を、今後見れなくなるのは少しだけ辛いかな。
今日は午前起床、夕方から池袋へ行き、レイトショーに行ってきた。当然、長門に会いに行ったのである。先ほど帰宅。もうお金が…ない…だ…と?いやでも長門長門長門はかわいくて、どうしようもなくどうしようもなくあぁもうおかしくなってしまう。お金が続く限り毎日観に行きたい…
明日は大学に、修士論文の発表会を聴きに行く。楽しみ。
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